中国、韓国の教科書

週刊文春より、歴史認識に正確な、中国と韓国の教科書事情。
まず、

中国や韓国では、日本とは違い、政府が作成した「国定教科書」に沿って教育が行われている。学ぶ側に教科書を選ぶ自由がない

ということで、日本と違い国が決めた歴史しか学べない(日本の制度がいいとは言えないが)という問題がある。
そして、韓国

「内容はますます自尊的、反日的になった」と明星大学戦後教育史研究センターの勝岡寛次氏は指摘する。「例えば、韓国は東アジアの〃華夷秩序"の中で、明や清を宗主国として仰ぐ属国だったという歴史的事実には触れていません。それは韓国人のプライドを傷つけるタブーなのです。そのタブーの一つに、『天皇』の表記があります」韓国の教科書では、天皇を「日王」もしくは「日本国王」と表記している。「『天皇』と書くと、中国の『天子』や『皇帝』を運想させるので、華夷秩序の中で歴史的に『国王』しか持てなかった韓国人にとっては、日本が自分たちより。も格上に感じられるからです。『日王』という表現は、日本の方が格上であると認めたくない、という韓国人のコンプレックスの産
物なのです」(同前)
韓国マスコミでも「日王」表記がほとんどで、東亜日報では九八年から外交的慣例に従って「天皇」と表記してきたが、最近になって「日王」に戻している。現在は、朝鮮日報中央日報を加えた大手三紙が「日王」表記となっている。

また韓国の華夷秩序コンプレックスは、四世紀以降の百済高句麗新羅三国時代の歴史にも顔を出す。〈百済は日本と政治的に緊密な関係を維持したので、三国中、日本文化に一番大きな影響を与えた。近肖古王のとき、阿直岐王仁は日本へわたり、漢文・論語千字文を伝えてあげ、武寧王の時には段陽爾と高安茂などが、漢学と儒教を教えてあげ、日本に政治思想と忠孝思想を普及させてあげた。(中略)このように三国は発達した文化を日本に伝えてあげ、日本の古代の飛鳥文化を生み出すうえで大きく貢献した。>
「あげた」「あげた」と、ずいぶん恩着せがましい言い回しが続くが、「要するに、日本より政治的、文化的に優位にあったことを表現したいわけです。華夷秩序の中では韓国は兄、日本は弟と考える世界観を今でも引きずっていることの表れです」(同前)

争点となっている竹島(韓国名.独島)については、事実に基づかない記述をまるまる一ぺージ割いて取り上げるようになりました。要約すると、「独島は鬱陵島に付属する島で、早くからわが国の領土であり続けてきた」という書きようなのだ。
その韓国側の主張を「根拠なし」とする考証を発表したのが、拓殖大学教授の下條正男氏。下條氏によれば、韓国側の主張は二点。①江戸時代初期、日本にやってきた安龍福という英雄的漁師が『竹島は朝鮮領の于山島であると述べたのは歴史的事実であり、②于山島は他の文献にも見られ、その中では鬱陵島から于山島が『望み見える』『歴々と見える』と記載されている。従って、于山島と呼ばれていた竹島は歴史的にも韓国の領土である、とうものだ。
下條氏が解説する。「韓国が根拠にしている書物は十八世紀に朝鮮政府が編纂した『東国文献備考』の中の『輿地考』ですが、当該部分は『輿地志』という文献からの引用で、その『輿地志』は現存しないものです。そこで『輿地考』の底本である『彊界考』を検証してみると、干山島と蟹陵島は同じ島だと書かれていたのです」(略)「韓国側の根拠は、安龍福の証言に合わせて、後世、改竄された結果できたものなのです。当時はすでに安龍福が絶対視されていたために、当時の学者は誰もそうした検証や文献批判をしていない。この認識だけが十八世紀には定着していたので、明治三十八年日本が竹島編入した際、国際法上の手続きを踏んでいるにもかかわらず、領土を奪われたという"誤解"が生まれたのです」(同前)

さらに元寇の下りでは

〈元は高麗の風俗と制度を認めながらも、高麗に対する彼らの影響カを大きくしようとした。元は日本征伐のために設置した征東行省を通して高麗の内政に干渉した。〉(略)
「高麗が元に加担して、一緒になって日本を攻めたこと一はまったく無視している。元寇は元がやったことで自分たちは関係ないという趣旨になっています」

さすが、二次大戦後、勝手に戦勝国を名乗った国だけある。
そして、もう一つの中国の教科書は、

一方、中国の教科書では、驚くことに、元寇について全く触れられていない。「中国の教科書では、都合の悪い歴史は教科書に載せていません。元寇が省略されているのも、『侵略』の歴史だからです(牛太郎注:チベット侵攻とかはもちろん無視だそうです)。
また近代では、日露戦争も省略されています。日本がロシアに大勝し、満州に対する合法的権益を得たことを認めたくないのです。これを認めると、満州進出が合法的だったということになり、『侵略』だったと非難できなくなるからでしょう」(同前)逆に、他国からの「侵略」については誇張して書くの
が中国流。日清戦争についてはこう書かれている。〈日本侵略軍は旅順で狂ったようにわが国の同胞を虐殺し、殉難者は1万8000人余りにのぼった。>
”狂ったように"とは、かなり主観的な記述だが、日本軍が阿鼻叫喚の大殺戮をしたような筆致は、「南京大虐殺」の項にも登場する。〈日本の侵略者は至るところで家を焼き、人を殺し、強姦し、略奪し、悪事の限りを尽くした。(中略)ある者は射撃練習の的にされ、ある者は銃剣訓練の対象にされ、ある者は生き埋めにされた。戦後極東国際軍事裁判の統計によると、日本軍の南京占領後6週間のうちに、身に寸鉄も帯びない中国人住民と武器を捨てた兵士で虐殺された者の数は30万人以上に達した。>
日本の教科書ではあり得ない、まるでアジテーションのような檄文なのだ。中国の教科書ではこうし
た「抗日戦争」の記述がしつこいほどに綴られているが、なぜか1945年の終戦を境に、教科書に日本がまったく登場しなくなる。(略)日本が平和憲法を持ったことや武カによる国際紛争を禁じたことも書いてない。もちろん、日本のODAについても触れられていない。しかも、教師用指導書には以下のような指針も載せられている。南京大虐殺」については血に満ち満ちた事実により日本帝国主義の中国侵略戦争での残虐性と野蛮性を暴露せよ。(中略)深い恨みと激しい怒りを生徒の胸に刻ませよう。〉

これが教育ってやつですな。
ちなみに、東京裁判では”二十万人以上”。そして、当時の南京市の人口は約20万人。中国も韓国も(そして日本も)国家の意図のもと”作られた歴史”を教えているのが、なによりも問題だろう。
なぜ、中国は、南京事件の数を誇大に書くのか?日本の侵略に対して、”深い恨みと激しい怒りを生徒の胸に刻ませよう”とするのか?
戦前、日本では、事実と異なる歴史を教え”神国日本”の教育をし、国民を夜郎自大に陥らせた。今、中国は同じ過ちを繰り返そうとしていないだろうか。下世話な言い方すれば、元ヤンキーだからこそ言える言葉ってのもあるわけで、自分としちゃあ、そういう付き合いをしていきたいなと思ったりもする。なによりも中国という偉大な歴史の国が、その美点をくだらない国家政策のために汚しているのが、中国歴史オタには残念でならない。
 
参考リンク:騒ぎの中で
現地の人から見た北京の様子でして。マスコミの報道と、個人の主観は違うといういい見本ですね。
歴史とかも、こんなもんだろうなと思うのよ。一色に染めようとするのは、どうも苦手だ。