サッカー批評批評

うーん、期待していただけに、ちょいイマイチ。大住良之が、ジーコ批判を書くかと思っていたが、実際はジーコを批判しないマスコミ批判だった。それなら、ジーコ批判の先頭を突っ走れと言いたい。ネットでは、結構どぎついこと書いてるけど、紙媒体だと、歯茎にものがつまったようになる人が多いが、今回の大住などはまさにそう。わかるんだよ。でも、サッカー批評買って読むような人間は、ジーコのダメさはわかってるし、そういうのをしっかり書いてくれるライターを支持しているんだから、それに応えていないかなと思う。

もう一つの、目玉記事と言うか期待していた、スターシステム批判は、よくぞ言ってくれました。僕は、日本のスポーツが強くない原因は、文部科学省がスポーツを支配していること、スポーツは教育であるという不文律があることと、そしてそれにのるマスゴミのせいだと考えている。

 はっきり言って、高校生の競技が、ここまで人気があるのは日本くらいだろう。でも、彼らはプロではない。いろいろな意味で未熟な高校生を祭り上げて、最後に梯子を外すようなやり方は、まさにマスゴミ。結局、スポーツ新聞イズムなんだよね。サッカーも野球も競馬も格闘技も見る。でも、逆に言えば、スポーツ新聞レベルでしか見れない。U−23は平山のチームではない、だがスポーツ新聞に出るのは平山。だから、スポーツ新聞やナンバーあたりで満足している、よくサッカー見ていない人たちは、そんなに平山凄いのかとなる。いや、平山は凄いよ。でもさ、普段からJリーグ見ている人は、今の平山の能力がどれくらいかわかっているだろうしね。同じように、高校野球にも言える。高校野球ファンって、日本人の投手の平均寿命がなぜ短いのか考えたことないんだろうか?と、僕などは思う。松坂が甲子園でPLとの死闘を演じた後のインタビュアーとの会話が未だに忘れられない。「明日は投げますか」「もう、疲れちゃって。明日のことは考えていません。」「ダメじゃない。君が投げるのを皆期待しているんだから」。僕にはとても言えない。でも、こういうメンタリティーがスポーツ新聞イズムだと思う。

ファンは、常に自分が残酷な存在だと言うのを自戒しておくべきだと思う。プロスポーツなんて、無茶苦茶体に悪いことをさせて、それを喜んで見ているのだから。殴られたり、膝を痛めたり、肩を壊したり、そんなボロボロになりながら戦っている選手を、安全な場所から金払って見ている。そういう存在であると自戒しておくべきだと思ってます。けど、サッカー批評にしっかり書いてましたね、スポーツ新聞は「読者想定がファンではない」と。その辺が、やっぱり問題かなと思うよ。結局、ファンじゃないから、そういうまだ高校生なんだからという自戒や良識をもたなくてもすむわけだしね。

せめて、アメリカのカレッジスポーツみたいに、興行としてしっかりやって、選手にも金がいくようになっていればまだ納得できるけど、日本の場合、甲子園に30万人の観客集めようと、テレビの全国放送しようと、儲かるのが協会とマスコミだけってのが納得いかない。カレッジスポーツみたいに、でてくる選手にギャラ、最悪でも宿代、交通費は出せよと思う。でも、教育だからアマだから、金をやっちゃダメなんだと。自分の行なったことに対して、正当な報酬を貰う。これが、社会だし、社会を教えるのが教育だと思うんだがね。

ああ、なんかマスゴミについて書きすぎました。今回のサッカー批評でツボにはまったのが、「川崎は日本のリバプールである」と、「サッカー誌はJリーグが開幕するとJリーグの記事が増えて売れなくなる」でした。自分もチャンピオンズリーグだ、ユーロだと言う前に、ちゃんとJを見よう。

無断外出問題で野見山代表部長に厳重注意

 いかにも神輿を汚すわけにはいかないという、ダメな企業の典型だな。